サン・ルイスの概要
ブラジル・マラニョン州の州都。
メアレム川、イタペクル川、ピンダレー川の三角州であるサン・マルコス湾内の
サン・ルイス島にあります。市人口は998,385人(2006年)を抱え、都市圏では1,227,659人となり、ブラジル第16位の都市です。
サン・ルイスは、ブラジルで唯一フランス人によって建設された州都です。
ブラジルに3つある、島にある州都(他はヴィトーリアとフロリアノーポリス)の1つです。
市にはマデイラ港、イタクイ港という2つの海港があります。
アマゾン川流域から採掘されたブラジルの鉄鉱石の相当量が、ここから輸出されます。
市の主幹産業は金属工学製品のアルコア社、そしてリオドセ社です。
また、サン・ルイスにはマラニョン連邦大学の本校があります。
サン・ルイスの歴史
最初にサン・ルイスにあった町は、ツピナンバ族の大きな村でした。
最初にヨーロッパからやってきたのは、1612年に新植民地建設のためやってきたフランス人でした。
彼らはサン・ルイという名の砦を築きました(当時のフランス王ルイ13世と、聖人であるルイ9世にちなんだもの)。
1615年にポルトガルの命を受けたジェロニモ・デ・アルブケルケがこの町を侵略し、
フランス人らは町をわずかな期間に建てただけで追放されました。
これが元で、市の建設された日は、フランス人が砦を築いた日付か、ポルトガル人が征服した日付かで
論争を呼ぶことになりました。1641年、オランダ人が町を侵略しました。彼らは1645年までとどまりましたが、
都市建設に影響を与えず、彼らが征服した何の証も残しませんでした。
なぜなら彼らは植民地を築かないが、代わりに暴力的支配に的を絞ったのでした。
これらの侵略がもはやなくなると、
植民地政府は副王国グラォン・パラ・エ・マラニョン(Grão-Pará e Maranhão)として
ブラジル他地域から独立させました。当時、経済は農業を基盤とし、特にサトウキビ、
カカオ、タバコの生産し輸出していました。
その後、地元エリート階級らの対立が生じて、ベックマンの反乱が起こります。
南北戦争が勃発したすぐあと、サン・ルイス地域は英国へ向けて綿の供給を始めました。
この生産による富が、市を近代化させました。信仰心に動かされた男性たちがやってきて、
彼らの学校で教育を始めました。そして、水の供給をしました。
市は、国で3番目の人口を誇りましたが、19世紀末に農業が衰退すると4番目に後退し、
市は収入を維持する別の方法を探し始めました。
現在、サン・ルイスにはラテン・アメリカで、最も大きく最良の状態で保存された植民地時代のポルトガル風建築があります。アルイーシオ・アセヴェド、グラサ・アラニャ、ゴンサルヴェス・ディアス、フェレイラ・グラールといった多くの作家・詩人を輩出したことから、島は『愛の島』または『ブラジルのアテネ』として知られます。